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この記事のみを表示する父なる禊と母なる禊(5)~609は6⦿9か

令和


令和時代の先駆けとして東池袋で発生した、エリートじじいの暴走事故。
そのプリウス(先駆け)のナンバーは、「・609」だった。

「0」は令和(零和)。
「6と9」は陰と陽で、"母なる禊"と"父なる禊"

そう考えると、「・」がなにを意味するのかおのずと見えてくると思う。
たぶんこれ、「0」の中に入るべきものなんだろうな。

すなわち、「⦿」だ。

もちろん現段階ではまだ入ってないんだけども。

「⦿」は、ヲシテ文字の「あ」。天地=あわの、天(あ)だ。
日月(ひふみ)神示では、「かみ」と読ませている。
つまり、天之日津久神(天の日月の神)ってことになる。

1stステージでは、"母なる水の禊"が「太陽のミロク」を成立させた。
福島第一原発のレベル7による、原発ゼロの金環蝕だ。

2ndステージでは、"父なる火の禊+母なる水の禊"が「月のミロク」を生むことになる。
令和の世に「月のミロク」が誕生してはじめて、「・」と「0」は「⦿(日月のミロク)」になるんだろう。

暴走プリウスが先駆けとして示した「・609」は、そういう意味だと僕は思う。

じじつ(くわしくは後述するけど)、東池袋の暴走事故はみごとに"父なる火の禊"と対応していたし、つづいて起きた神戸(かんど)のバス暴走事故は、"母なる水の禊"に対応するものだった。

しかもそれでおわりかと思ったら、こんどはカヲルくんの(月に刺せなかった)ロンギヌスの槍だ。
もし京都市西京区ってのが事実なら、まんま月読神社(松尾大社摂社)である。

これまで月神の壱岐や月黄泉の桜島とともに、京都の月読神社にも注意をうながしてきたけどなかなか事象化しなかった。
「令和」の令月に感応してついに起きたのが、長谷川薫容疑者の事件。
ということになる。

もちろん生贄祭祀の日に月黄泉の桜島と連動して起きた、津久井やまゆり園の大量殺人ともつながっている。
月読(つきよみ)は「つくよみ」とも読む。
「津久」は、「日津久神」の月(つく)。

神奈川県相模原市の津久井やまゆり園も、月読神社だ。

そういうヤバい「月」が、生贄祭祀の日の張本人で、去年月黄泉の桜島をバックに「最後にどーん(西郷どん)」ばりの総裁選出馬表明をやった安倍のひと声で決まった元号。「令和」の令月とつながってるんだってことを、ややこしいかもしれないけど、ぜひわかってほしいし、肝に銘じておいてほしい。

たぶん令月=月のミロクは、太陽のミロク以上の犠牲を前提として成立するだろう。

だからこその「父なる火の禊+母なる水の禊」だし、令和を目前にしてそのシナリオが示されたわけ。

「闇」の安倍が奥州安倍氏のカルマの事象媒体であると同時に、安倍個人の憑神が月神であることは、政権発足当初からブログに書きつづけてきた。

その神の安倍が、テオティワカン(メキシコ)の太陽のピラミッドに祈りをささげた2014年7月26日に「生贄祭祀の日」ははじまり(佐世保女子高生猟奇殺人)、二年後の7月26日、月黄泉の桜島の3年ぶり5000m級噴火とともに津久井やまゆり園の大量殺戮は起きた。

そして奥州安倍氏滅亡の日、10月22日の国難突破解散総選挙。

令月の「令和」は、そうした国難と生贄の流れで決定された元号だったといえる。
つまり令和時代は、そういう時代になるってことだ。

エヴァンゲリヲン15周年の「ロンギヌスの槍を月に刺すプロジェクト」。
その2015年の8月15日に桜島で火山性地震が異常発生したとき、僕は「現実世界のロンギヌスの槍は失敗におわったけど、事象世界のロンギヌスの槍は月黄泉の桜島にみごとに突き刺さった」というふうなことを書いた。

あのときの読みはけっしてまちがってはいなかったなと、いま、つくづく思う。

安倍の令月と月黄泉のロンギヌスの槍が、事象のハーモニーを奏でるとはね。


                                      2019.5.6
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テーマ:神話と事象
ジャンル:学問・文化・芸術

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