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僕は十代のころ、ミッションスクールに通っていた。
いまだに聖書も讃美歌ももっている。

もしそうした過去が、「火の禊の十字」に向かう日本武尊事象のオワリの流れに取り込まれた現状とつながってるのなら、11月24日のローマ法王のナガサキ訪問は、僕にとってとびっきりの覚悟を迫るきわめつけのイベントだといえる。

ミッションスクール時代の親友の、命日だからだ。
彼は11月22日にみずからの意志でメタノールを飲み、24日に亡くなった。

その記憶は意識の底でいまだ薄れず、癒えてもいない。

シクミとはまるで「ソラリスの海」だと、何度か書いたことがある。
僕にタルコフスキーを教えてくれたのも、彼。
彼と観にいったこの『惑星ソラリス』が最初だった。





シクミに取り込まれると、なぜか記憶の日づけや場所、ワードが事象化される。
偶然ではなく、どう考えたって人智のおよばないなにかに意図されたレベルでだ。
それこそ、ソラリスの海のような...。

だから自分が「火の禊の十字」の流れに取り込まれたと知ったとき、彼のオワリの日「11月24日」もまたシクミに組み込まれただろうことは想像がついていた。

ローマ法王のナガサキ訪問がその日に決まったときは、さすがにうろたえたけどね。

なるほど。そう来たか。
って、カンジだ。

第266代ローマ法王フランシスコのナガサキ訪問は、3月15日のクライストチャーチ、4月15日のノートルダム大聖堂が示した「火の禊の十字」の最終セッティングだといえる。

崩壊する七つの丘の町ローマと、犠牲の七つの山の町ナガサキが、ひとつになった。

崩壊神ファットマン・オオナムチと国生みのイザナミによって、天叢雲剣のスサノヲとともに「火の禊の十字」にかけられるのが、草薙剣の日本武尊。
(2005年のメッセージ「剣は地球を救う」)

僕はクライストチャーチに対応して、3月19日に事故で日本武尊のオワリの「型」を演じさせられた。

そんな僕にとって...。
いや、このブログを読んでくださってるみなさん、日本の人々、全世界の人類にとっても。
この「11月24日の法王フランシスコのメッセージ」は、ほんとの最後通告として大いなる覚悟のもとに受けとるべきものだと思う。





人類が核兵器を全廃すれば、地球環境は変わる。

核兵器だけではない。
人類がすべての原子力を手放したとき、母なる地球はクリーンになり、人にやさしくなる。
かつて原子力ルネサンスの流れでしきりに吹聴された、「クリーンエネルギー」や「地球にやさしく」の真逆だ。

お金に目がくらんでる人たちは、なぜそうなるのかまったく理解できないだろうけどね。

都市文明の古代から人類がくり返してきた戦争。
それがついに地球規模の世界大戦へと進化発展し、生み出された「核」。

想像してみてほしい。
その「核」を全廃できたとき、世界人類の意識にどんな変化がもたらされているのか。

それは人類がみずからの過去、みずからの歴史、みずからのカルマにはじめて打ち勝った瞬間であり、人類史がいまだかつて経験したことのない壮大なメタノイアだ。

僕らは未来へのあらたな希望と勇気、人類として、生命としてのよどみのない誇りを手に入れる。
その目ざめが、母なる地球への意識も変えてゆくのだ。

核兵器に変わる最終兵器が全廃させたってんじゃ意味ないんだよね。


僕はあくまで神々ではなく、いまこの時を生きるヒトの立場でブログを書いてるので、国生みのイザナミにしても怨みに凝り固まった黄泉の鬼ババアとしか映らないと思う。

でももっとはるかな時間、はるかなストーリーに視野をひろげ、深呼吸して流れを見返すと、イザナミの印象は180度変わる。
地球と人類の未来を思う、母なる女神へとだ。

僕は2008年からブログを書きつづけてるわけだけど、2005年に開始された「伊勢出雲同年遷宮のシクミ」のテーマは、その間一貫していて、まったくブレてはいない。

これって、すごいことだと思うんだよね。
もはや日本のみならず、世界も、地球の森羅万象のすべてがひとつの確固たる意志につつまれてるとしか考えられない。
そういう状況だ。

核を手放す

人類初の核実験「トリニティ」ラインの福岡県西方沖地震で今回のシクミが開始されてから、15年間の長きにわたって事象を通し一貫して送られつづける、僕らへのメッセージだ。

フクシマもそう。
ナガサキだってつながっている。
すべてはシクミの手の内だ。

断言できる。

もし僕らにそれが果たせないのなら、11月24日の法王フランシスコのナガサキメッセージは、近未来の僕らだけでなく、未来の世界人類にとっても「最後通牒」になる、と...。






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2019.11.25 / Top↑
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