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大地母神のアナトリア(トルコ)で、ヒッタイト帝国より1000年も古い人工鉄が発見された。
3月25日(去年の運命の日)のニュースだ。

場所は、トルコの首都アンカラの南東約100kmにある、カマン郡チャウルカン村。
カマン・カレホユック遺跡
発見したのは、日本のアナトリア考古学研究所だ。

 ☞ http://www.jiaa-kaman.org/jp/event/01.html

カマンカレホユック遺跡

カマン・カレホユック遺跡の北にあるU字型の大河は、クズルウルマック。
意味は、赤い河
出雲タタラ(古代製鉄)の斐伊川も、緋の川(緋色の川)を意味するって説があるよね。

この遺跡ではすでに紀元前2100年の地層から世界最古の鋼(小刀の一部)が見つかっていて、ヒッタイトより古くから製鉄が行われていた可能性が指摘されていた。

今回のはさらに古い紀元前2300年の地層から発掘された、人工の鉄の塊り。
前回の発見を裏づけ、鉄のヒッタイト起源説をくつがえす、つまり歴史を塗りかえる大発見だと思う。

これまでの世界史では、人類が製鉄技術を手にしたのは紀元前1300年のヒッタイト帝国だとされていたから、ほぼ1000年さかのぼったことになる。
すごい!

鉄と戦車のヒッタイト帝国は、「紀元前1200年のカタストロフ」と呼ばれる地中海東部世界の大規模な社会変動によって滅亡し、それまでヒッタイトが独占していた製鉄技術は世界に拡散した。

地球規模の鉄の歴史は、そこからはじまったといっていい。

では、そもそもヒッタイトはどうやって製鉄技術を手にしたのか。
そこが謎だった。

今回発掘された人工鉄は、ヒッタイト人が古王国を建国した紀元前1680年より600年以上も古く、ずっとむかしからカマンの地に製鉄文化が根づいていた事実を物語る。

ヒッタイトはそこを支配下に置くと同時に製鉄技術を手に入れ、大帝国へとのし上がっていったわけだ。

紀元前2300年というと、日本では縄文後期。
こんな土器や土偶がつくられてた時代。


縄文後期1縄文後期2

そのころアナトリアのカマンの地に製鉄文化を花開かせていた先住民は、ヒッタイト以降に展開されたような「鉄」による侵略なんて発想はまるで持ち合わせてなかったんだろう。
もし領土的野心があったら、逆に彼らがヒッタイトを支配してたかもしれない。

彼らはあくまで山の民であり、産鉄民だった。
そのころ鉄はまだ人類のカルマではなかった。
『神々が動いている』シリーズでたびたび書いてきた「鉄のカルマ」は、4300年前の初期の鉄器文化時代にはまだ発生してなかったわけだ。

世界初の製鉄文化を担ったこのアナトリアの先住民がどういう人々だったのか。
残念ながらその手がかりとなるような人骨は、いまのとこ発見されていない。

ただじつに興味深いことに、どうやら古代中近東の民族ではなかったみたいだ。
おなじ地層からまるで様式の異なる木造建築の遺構が発掘されたからである。

木造建築...。
なんだか空想がひろがるよね。

鉄といえば火。火のカグツチ。
現代の「火と鉄と戦争のカルマ」は、核。原子力。

伊勢出雲同年遷宮の2013年。
9月9日。
安倍が日本初となる原発輸出=トルコへの原発ビジネスを展開したその年。
トルコのイスタンブールを破り、2020年の東京五輪が決定したその翌日。
トルコのカッパドキアで、縄文の母神イザナミがふたたびカグツチに殺された。
日本人女子大生暴行殺傷事件だ。

フクシマはカグツチの生み直しだった。
あの事件は、その失敗を意味した。
だからこそイザナミは、国生みからやり直さなくちゃいけなくなったのだ。

アナトリアは鉄の起源であり、大地母神の起源でもある。

なぜイザナミがそこでみずからの死を表現しなければならなかったのか。
今回のニュースをふまえて、もう一度みなさんにも考えをめぐらせていただけたらうれしいかも。


                                       2019.3.30
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